歯科医療費を考える
(平成23年11月2日 広島県歯科医師連盟常任理事会時 山科透会長による説明)
  
 平成23年11月2日(水)県歯会館 4階役員会議室にて「広島県歯科医師連盟常任理事会」が開催された。
 この場で、山科会長今後の歯科医療のビジョンについて、パワーポイントによる熱弁があったので、以下に概要を記載する。
 
 (各スライドはクリックし拡大表示)

 このグラフは勤労者の所得を、低額所得者から高額所得者まで5等分にして、1世帯あたりの医療費支出の年度別推移である。
 1995年はバブル崩壊後から少しずつ景気が回復してきた辺りであるが、高額所得者の家庭はあまり医療費を使っていないことが伺える。但し全体的には、所得格差に関わらず医療費は平均的に支出されている。

 
 歯科の場合、所得に応じた医療費支出が明確に現れている。低所得者の歯科医療費は少なく、高額所得者の歯科医療費の支出は多い。つまり、低所得者ほど歯科を受診しない、或いは受診出来ないことが分かる。受診時定額負担(毎回100円)が導入されると、歯科が一番影響を被り、ますます低額所得者は歯科を受診しなくなる。

 
 診療報酬改定にあたっては、様々な分析を基に要望を出さなければならない。このグラフは社会医療診療行為別調査のデータを基に分析を行ったものである。歯科の1人あたりの受診日数は2〜3日で終わっており、それ以上受診することがないことが現れている。つまり、受診日数がほぼ2〜3日の数日のため、歯科の医療費は伸びない。1人当たり医療費の少ない地域では、受診を促す仕組み作りが必要である。

 
 医科の場合、1人あたりの医療費と受診日数は正規分布で右肩上がりのグラフになることがわかる。(1人あたりの受診日数は10日〜17日)受診日数の確保により、医科は医療費の微増を達成している。

 
 2000年から2008年までの年代別医療費の推移をみると、75歳以上の年代は僅かに増加傾向にあるが、それ以外の年代は減少している。医療費の高い45〜64歳の年代の減少は顕著である。若年層(0歳〜14歳)の歯科医療費は最も低く横ばい状態であり、う蝕を中心としていた治療体系は終わりを告げている。この若年層を対象とした点数配備が長年されて来ていることが問題である。
 2000年を1とした歯科医療費の変動率をみると、2008年では75歳以上の歯科医療費が1.6倍程度伸びていることがわかる。今後この辺りの年代の歯科医療に点数配備がなされなければ、これからは更に厳しい状況になる。

 
 歯科医療費の40%を55歳から74歳の年代が占めている。但し年齢が高くなるにつれ受診者は減少しており、1人あたり歯科医療費が高いことがわかる。

 
 歯科医療費は1996年から横ばい状態である。医科は右肩上がりとなっている。
 1日あたりの歯科患者数が多いのは1996年。翌年の1997年に2割負担が導入され、2003年に更に3割負担の導入がなされている。患者の一部負担金が増加することにより、確実に歯科患者数は減少している。患者数が減少しているにも関わらず、歯科医療費が何とか横ばいで推移しているのは、高齢者の歯科医療費の増によるものである。
 歯科患者数の1997年からの大幅な減少時から、1996年の患者数並みに戻るのに約8年が経過している。今後患者負担増を行えば、歯科に於いては確実に受診抑制につながり、元の患者数まで回復するのに8年程度はかかることが予測される。
 ところが、このような受診者負担増を行っても、医科の場合1、2年で元の受診者数に回復する。
 これからの歯科界はフリーアクセスを国民に十分浸透出来るよう、一部負担金の観点からも検討していかなければならない。

 
 歯科の場合、診療報酬改定があるとその年は上昇するが、翌年は減少する傾向にあり、横ばいの医療費である。受診日数は先程述べたように、1ヶ月当たり2〜3日で終る傾向で、新サービスの未成長の部分、補綴の減少とともに、患者の増加が見込めない。医科の変動と比べると明らかに変動が大きい。医科の場合、新設項目が導入された場合、積極的かつ継続的に取り組むため変動が少ない。特に医科は、取り組みやすい事項を新設項目として点数に貼り付けている。

 
 平成22年度改定で、歯科の改定率2.09%の内、1.47%の改定率を初再診に貼り付けた。支払者側からすれば、診療行為の変わらない初再診に点数を貼り付けるのは如何なものかという観点がある。基本的に改定は、国民に新しくより良い技術・サービス提供を行うものに対して、点数を貼り付けると言う論理である。
 “医科と歯科の格差の為、初再診に点数を貼り付ける”と言うのは歯科サイドの勝手な論理である。平成22年度の改定に於いては、“より良い情報提供を行う”“患者の容態を把握する”等の診療行為が、基本診療料としての初再診に含まると言う論理の下で、初再診のアップが図られた。
 グラフは100レセプトあたり初再診回数の年次推移である。平成8年には264回であったのが、平成22年には204回に減少している。本県でも改定率の影響を調査したが、2年毎に初再診の回数が減っていることが分かっている。
 各地区で更なる初再診の増点希望の声が上がっているが、果たして今後その要望を反映することが我々の実益が増加することに結びつくかどうか疑問である。

 
 平成22年度改定は10年ぶりのプラス改定で、歯科は医科よりも大きく2.09%の改定率であった。医師会からも“歯科は1人勝ちですね”とも言われたがそれは大きな間違いである。

 
 これはDPC病院での医療費の伸びを示している。22〜99床の病院でも4.4%の伸び、500床の病院では8.2%もの伸びがある。内容を見ると、500床の病院で手術が20.8%の伸び、薬剤については包括部分があるので、マイナス9.6%であるが、トータルでプラス8.2%となっている。DPC病院では薬剤を極力減らすよう努力を行っており、その結果が表れている。薬剤を減らす有効手段として口腔ケアが注目され、病院内で実施されている。
 広島県でも福山医療センター、呉済生会病院で口腔ケアを行うモデル事業を予定している。DPC病院の取り組み結果のように、使用薬剤が減り、増収となる結果が出ることを期待している。
 今後は、訪問診療、介護施設に於いて口腔ケアを展開し、その重要性が広まることを期待している。但し、看護師の方が行う口腔ケアと歯科関係者が行う口腔ケアはレベルが違う事を認識いただけるまで事業展開を図る事が今後の命題であり、調査研究を行う必要性を感じている。
 また、口腔ケアの必要性を、他の医療関係者に十分認識いただく事が大切で、今後地区歯科医師会での取り組みが一層重要なものとなってくる。

 
 前述のように歯科は受診日数が停滞している。これを解決するため、具体的施策を講じていかなければならない。
 訪問診療は医科、歯科が、今まで各々単独で行ってきたが、医療チームとして参画していかなければならない。急性期から回復期までの一連の医療提供の流れの中で、歯科も参画できるよう今後の流れを作っていかなければならない。
 また、40代50代の働き盛りの世代の受診率向上を目指し、企業との契約推進も行っていかなければならない。
 障害者医療についても今後充実していかなければならない。特に認知症の方の歯科医療に対しても今後は十分取り組む必要がある。誰しも80歳を過ぎれば、軽度の認知症は発生するものであり、今後は益々増加していくものと思われる。“認知症の方の治療はややこしいから診ない”という態度では今後の歯科医療の展望は望めない。
 また、歯冠修復及び欠損補綴に並ぶ主力治療を確立しなければならない。これからは義歯作成が増加する時代になってくる。8020達成者が増加しても、高齢者が増えていく事に変わりはなく、歯周疾患に対する取り組みは重要で、欠損部分についての補綴はしっかり行っていかなければならない。これを支える歯科技工についても考えなければならない。
 これらのように、全体に亘った検証をしなければ、診療報酬改定に反映させることは出来ない。医科の場合、出来高払いの概念を通り越した“DPC”と言う方式も取り組んで、将来を見越した対応を図っている。しかし、歯科は旧態依然としたまま、新しい取り組みを全く提唱出来ていない。患者のためになる新たなサービスについて十分検討していかなければならない。

 
 本年8月、歯科口腔保健法が出来上がったが、どのように有効なのかと言うことを明確にしておかなければ、折角の出来上がった法律を活かす事が出来ない。広島県でも歯科保健推進条例が出来上がったが、これらの法や条例が無い時代は、保健政策と医療政策が別々に動いており、歯科の場合、医療政策にも盛り込まれていなかった。
 厚生労働省の提唱した“健康日本21”ではむし歯をどれだけ減らせるか、フッ素塗布率をどれだけ上げるか、フロスの使用者をどれだけ増やすか等の目標値を挙げている。10年前に設定した目標で、歯科は10項目を挙げていたが、現在5項目が達成できている。残りの5項目は目標に達していないものの、努力が実を結びつつある。
 医科の場合、目標が30項目以上あるが、その内目標に達成できたのは5項目しかない。「歯科が目標を達成出来たのは、都道府県の各地区に於ける歯科医師会の取り組みの成果である」と、厚労省も言及している。

 
 現在がん患者152万人、糖尿病患者237万人、精神疾患323万人に対して、歯科的アプローチがなされていない。
 精神疾患に含まれる認知症の方に対しても、これからはアプローチ必要がある。医科はオレンジドクター制度と言う認知症の方の専門医制度を設けている。認知症の方の治療に関しては、今まで避けてきた歯科医も多数いると思う。今後は、認知症の方に対して、医科のような専門医“オレンジサポートデンティスト”を輩出したい。
 但し、今まで述べた歯科医療施策は、県歯がいくら訴えても郡市会で行動いただかなければ画餅に帰することになる。是非、各郡市地区の先生方には宜しくお願いしたい。
 受診を妨げる一部負担金については堂々と反論していかなければならない。その素材づくりを連盟で結束して行っていただきたい。